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山と田んぼと太陽と

田舎暮らしもめでたく二年目☆のはてな?とびっくり!ときどきジーン(涙…な日々。さすけねぇ、笑ってくなんしょ♫

読書は…(涙

知人の六年生のお嬢さんは三度のメシより本を読むことが好きだ。

その集中力はすざまじく、周りの音や匂い、すべての気配がシャットダウンされている(ように見える)

普通に呼ばれたくらいでは気がつかないのだ。

揺さぶるくらいに、直接働きかけないとこちらの世界には戻ってこない。

 

私も子どもの頃から本を読むのが好きだった。

かたっぱしから何でも読んだ。

シーンとした図書館の隅っこで、

時間の流れの外側で、

ワタシではない誰かになって、

向こうの世界にいるのがとても好きだった。

 

いま思うと、私が育った環境は向こうの世界にいることにとても寛容だったので、特にそのことについて考えたことがなかったのだが…

 このお嬢さんはなかなか落ち着いて本を読む時間がないのだ、という。

 

時間がないってどういうこと?なぜ?の問いかけに、

「本を読む暇があったら、練習しなさい!」

と、言われるからだと、彼女は本から目を離さずに投げやりに言った。

 

Σ(゚д゚lll)ななななんですって?!?

私の人生で、本を読む時間は大切な必要な貴重な時間だった。

ちょっとのスキマ時間を見つけてはページをめくり、

向こうの世界に出かけて行く濃密な時間だ。

 

だから。

本を読む=ヒマな時間と、解釈する人がいるということに、

とてもとても衝撃を受けた。

 

 

( ̄ー ̄)うーん。

 

 

でも。

そうなってしまうのも仕方ない…かな…(*_*不承不承)と思い至る。

 

そう。練習。。。

このお嬢さんのママは学生時代からの体育会系で、地元のクラブに所属している。

そして、自分と同じ種目のスポーツを子どもにもさせている。

カラダを動かすことに価値を見出す人が、じっとして何も動いていないように見える行為についてdisるのも仕方ない。

 

現に、カラダを動かすことにあまり価値を見出せないワタシはこんな書き込みをしたりしているのだから。

 

それでも。

この切ない気持ちは収まらない。

 

実は、このお嬢さんは自他共に認める身体能力より想像力高め、の文科系女子なのだ。

 

(; ̄ェ ̄)スポーツ苦手なんだよ。

 

そちらでも報われず、唯一の楽しみである向こうの世界「脳内楽園への逃避」も認められないという二重苦に、心底同情しているのだ。

私だったら…と思うと涙がでそうになってしまう。

 

私は、私たちは、じっと座って「本を読む」という行為をしているだけではなく、想像力や創造力の深さと広さを育んでいるのだ(と思う、思いたい、願いかもしれない。

 

たまたまこの切ない話を聞いた、私の身近にいる、やはり山のように本を読んで、読書の喜びを知る想像力高め女子も驚いていた。

彼女も読書箕ついては寛容な環境に育ったようだ。

その彼女が卒業研究の対象に選んだ、吉田松陰の言葉に、

 

 

今日の読書こそ、真の学問である。

 

 

吉田松陰(幕末の長州藩士、思想家、教育者、明治維新の精神的指導者 / 1830~1859)

 

と、いうものがある。

 

 

また。

豊かな言葉の運びで、人としての深さと奥行きを感じることができる詩人の長田弘さんも、

 

本を読むことが、読書なのではありません。

自分の心のなかに失いたくない言葉の蓄え場所をつくりだすのが、読書です。


長田弘『読書からはじまる』)

との言葉を残していらっしゃる。

 

 

ああ、虎の威を借るキツネなワタシ。

でも、虎の威を借りてでも、本を読む=ヒマ、ではないことを伝えたい。

 

彼女のママに。

多くの、本を読むことを大切な必要な貴重な時間と思っていない人に。

 

 

願わくば、彼女がほんのすこしづつの時間だけでも、向こうの世界への旅を続けることを諦めませんように。

 

私には何ができるんだろう?

 

そう思うと涙がでそうになってしまうのである。

 

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 今日、とても暑かった。

この町で、今年初めて、セミが鳴くのを聞いた。

 

とうとう夏が、来た。