山と田んぼと太陽と

田舎暮らしもめでたく二年目☆のはてな?とびっくり!ときどきジーン(涙…な日々。さすけねぇ、笑ってくなんしょ♫

あなた描く人、私は書く人

その絵にくぎ付けになった。

理由はわからない。

それでも、ひと目で心を奪われ、立ち止まった。

やわらかい色彩だった。

優しいタッチだった。

それなのに、とても力強くそこにあった。

言葉では表しきれない「なにか」に私の感覚が喜んでいた。

 

私は絵が下手だ。

小学生の低学年の頃、タイムカプセルに入れる絵を描いたのだが、水彩絵の具で塗れば塗るほどぼやけにじみな黒ずんでいく。

もはや元がなんだったのかわからないどんよりしたものが、白かった画用紙を埋めていた。

絶望的な気持ちだった。

でも描き直すのは、もう、いやだった。

あと、100回描き直すチャンスがあったとしても、自分の見たこと感じたことをそのまま画用紙に描き上げる自信は、これっぽっちもなかったからだ。

先生が「これは(タイムカプセルに)入れるのはのやめよう」と言った。

描き直せと言われなかったので、ああよかったとほっとした…ということをぼんやりと覚えている。

 

 

そんな経緯もあり、自らは「描く」ことからどんどん遠ざかり、ほかの人の描いた絵を鑑賞するということにさえほとんど興味はわかないままウン十年がたった。

 

 

それが、先日に訪れた猪苗代のはじまりの美術館で天手力男神の絵を見た時のように、時々、心を奪われてしまうような作品と出会うことがある。

でも、私自身何がどうしてそうさせるのかはまったくもってわからないのだ。

 

いつもなら、なんでだろう?と思いつつもそんな風に感じていることをほかの人に言ったりはせず、そのままにしてしまうのだが、

今日に限って、思わず聞いてしまっていた。

 

どうしてだかわからないけれど

どこがどういいのかわからないけれど

この作品はとてもすてきだと思う。

どうやったら絵というものがかけるんでしょうかね?

 

その人は、とても明確に私の疑問に答えをくれた。

 

絵を描く人はそれが唯一の自分の表現方法であるという方が多い。

言葉にならない、文字にならない、どうしようもない自分の内面を描くという方法で表現している。

プロになるとその表現に技法が加わってきますけど、本来の内面の表現にはうまいも下手も私はないと思う。

そして、その絵をみて素敵だと思うのは、その人の心に「共感」することだと思う。

だから、私は「共感」したくてそういう会場を訪れるんです。

 

そして、小学生の私の描いたその「絶望的などんより」の絵もみてみたいと言ってくださった。

 

ほんとですね。私もみてみたい。

 

そう素直に言えた。

 

 

 

心が動く = 「共感」する

 

 

 

そういうことなんだと目の前が晴れあがったようだった。

その人の、言葉にならない気持ちの表現に「共感」する。

私はその気持ちに「共感」できることがとても嬉しい。

 

そして、私は絵は描けないけれど、

こうしてつたないながらも文章を「書く」ことができ、

どうしようもない自分の内面を「書く」という方法で表現でき、

その表現にはうまいも下手もないんだってことが、

すとんと腑に落ちて、納まるところに納まってくれたような気がして、

嬉しかった。

 

 

 

 

 

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